20041012


 もはや今日なんだか昨日なんだか。
 10月11日が徹夜になってしまったので日付が一日ズレている。とりあえずいまは10月13日なんだけど、日記としては昨日の分ってことになりますな。

 俺は仮眠をとって午前2時半に起床。まゆみさんも3時くらいに目覚める。
 しばらくだらだらしたあと、まゆみさんとチャット。同じ部屋にいてチャットもなにもないものだが、なんかだらだらと会話。
 会話が一区切りついて、俺は近所のローソンまで買いものに。
 「なんか欲しいものあるー?」
 「アイスと甘いものとスナック」

 外は雨。けっこう激しい雨。
 部屋着の半袖半ズボンのままで外出したのはちょっと失敗かな、と思うくらいの肌寒さ。サンダルで来たので、もはや足が濡れようがどうなろうが気にしない。
 ローソンで「もも水」1リットルとリプトングレープティー、百円菓子の揚げしおもち、ミニビットファミリーパック、玉子6個パック、低脂肪乳500ミリリットルが2本。ふつーのローソン牛乳500パック、ピザポテト、コーンフロスティなど購入。毎度思うんだけど、俺、買ったものとか食ったものけっこう細かく覚えてるよな。一種の職業病かもしれない。
 支払いは面倒なのでカードで済ませて帰宅。

 帰宅。
 「おー、そこにあるのは!」
 まゆみさんは異常に目ざとい。早速コーンフロスティを見つける。
 「すぐに食べるっ」
 「実はですね。ホットケーキを作ろうと思うのですが。食べる?」
 「食べるー」
 んでは生まれて初めてホットケーキとやらを作ることにしましょう。

 「作り方:ホットケーキ4枚分。袋一つに対して、玉子1個、牛乳150ccを加え、ざっくりと混ぜます」

 なるほどね。まあ食べでがあるほうがいいでしょう。ホットケーキっていつも少ないのが不満なんだよな。食っても食ってもなくならねえって感じがよろしい。
 ボールに、ミックス3袋。玉子3個。計量するのがめんどくせえので、牛乳500パックを全部投入。ざっくりと混ぜてやったぜ。

 「1枚分の分量を、フライパンに流し込みます」

 1枚分……よくわかんねえから、とにかく大量にね。でかいホットケーキって、なんていうか子供の夢って感じじゃん。
 てなわけで、もやし2袋を一度に炒められるフライパンにどどどーっと混ぜたヤツを流し込む。ひょっとしてこれ、乗る皿がうちにねーんじゃねえのか?

 「3分ほどたって、表面に細かいツブツブができてきたら裏返します」

 ……なんか10分くらい経っても表面に変化ないんですが。
 とかなんとかいうことを繰り返し、15分ほど経って、ようやくホットケーキが焼き上がる。
 皿に乗せてちょっと絶句する。
 なんつーかこれ…大きさの問題で、ホットケーキっていう印象、持てない。思わす得たいのしれない笑いがこぼれる。
 「なに不気味な声出して妄想してんだよ」
 「いやね。妄想じゃなくて…」
 皿と同じ大きさのホットケーキを差し出す。
 まゆみさん、絶句。
 「こ、これ……」
 「ねえ」
 「ホットケーキじゃねえ……」

 俺の分も焼き上がって、二人で食う。
 なんというか、大きいホットケーキっていいじゃん、とか思って作ったはずのものだったが、数分経過したころには、猛烈な後悔に襲われる。皿の上のホットケーキがなくなるにつれ、猛烈な勢いで腹が埋まってくる。
 「ごちそうさまでした…」
 とてもじゃないが、言葉の意味を理解してるとは思えないような恨めしい声で、まゆみさんが皿を差し出す。半分しか食ってない。
 「あのさ。わたしのイメージではね。このホットケーキのようなものの半分くらいの大きさのものが出てきて、二人で分けて食べるって感じだったの。これ、倍っつーか4倍っつーか…しかも厚すぎるんだけど」
 ちなみに俺も、かろうじて半分を超えたくらいで降参。
 ヤバいもん作ってしまった。しかもまだ、ミックス半分近く残ってるんだけど…。

 その後、テレビで集団自殺のニュースを見る。
 「ごめんなさい。お母さんは死んじゃうけど、あななたちを産んで幸せだった」
 自殺した7人のうちの一人は、34歳の主婦。
 その主婦が残した遺書に書いてあったらしい。

 えーと。
 こいつおかしいだろ。残された家族、子供たちの心境をあえて考慮しないでゆっとくよ。
 死んでよかったよこいつ。生きてる価値ねえし。
 子供を産むということは、今日ではある程度自分の自由意志だろ。ハプニングってのもあるにせよ、二人も作っといてその言い訳は通用しない。
 自由意志である以上、産んだその子供を育てる義務が親にはある。自分がこの世に存在させたものなんだ。少なくとも16歳くらいにならないと、どんなに控えめに見積もっても自活することが難しい世のなかである以上、そんくらいまでは育てるべきだろう。なにしろ、生まれた子供は「育って」「生きる」べきものだから。そこの前提は、いまの時代建前としては疑えない。俺自身は必ずしもそうは思ってないけどそれはさておき。
 だから、子供を残して自殺するということは、完全なる裏切りだ。この遺書の内容じゃ、まだ心中のほうがマシってもんだ。勝手に死ぬことが裏切りで、それが子供たちに消せない傷を残す以上「幸せだった」なんてセリフは、傷口に塩塗り込むような発言だろう。
 わかってない。なんにもわかってない。34歳にもなって。
 義務も責任も。
 だから、あえて感情的に言うよ。死んでよかったよこいつ。馬鹿じゃねえか。
 もし直接会う機会があっても当人に言いたいね。なんで生きてんだよおまえ。死にたいんだろ。死ねよ馬鹿。できるだけ速やかに。人に迷惑かけない方法で。消えろ。死ね。

 自殺という行為は、かつて自分が真剣に考えたことがあるだけに、そのことの意味を考えなかったり、中途半端な逃げ場として「自殺」をほのめかす人間が腹立ってしょうがない。死にたいなら死ねばいいんじゃん。ただし、正常に機能してる社会に迷惑かけんな。消えるのが正しい選択肢だ。実際問題死体とかあとに残るものはあるわけだから、完全に消えるのは不可能だけど、それに準じる方法は選択できるわけだよ。
 人として生まれて、少なくとも二十年とか、自分で物事を判断できる年齢まで生きてしまったら「あとのことはどうなってもいい。死にたい」なんて言うことは、いっさい許されてない。だれもそんなことはだれも許してないんだ。2ちゃんのメンヘル板を以前に見たときに、無性に腹が立ったのはなによりそのことだ。
 なんつーか、以前安楽死が云々ってこと考えたことがあるんだけど、どうせ死ぬんだったら、安楽死させたげる代償に、角膜とか内臓とか全身切り刻んで移植しまくりゃいいんだよな。ほら。当人には利用価値なんかカケラもねえけど、死体には価値があるんだ。死にたい人に健康な臓器持たしとくほど馬鹿らしいこともないだろ。どうせ死ぬんだから。生まれてきて今日まで生きてきて、そこまでの時間も経験も、他人と関わった記憶も、ありとあらゆるものが「不要」なんだろ。だったらなんで肉体だけ必要な理由があるんだよ。
 だいたい死にたいなんつー人間が苦しまずにとかそんなこと願うな。みずから死ぬということは、自分のすべてを放棄するってことだろ。この世界は生きたい人用にできてる。だったら死にたい人間になんぞ、あらゆる権利はない。苦しまずにだって? 望むなよ。死にたい人間の分際で。なにも望むな。ただ死ね。そして消えろ。

 んで、最終的にヒューマニズムとか。まあそんなものが腹立つわけなんですが。
 ま、なんつーかあれですよ。幸福であることは難しいわけで。板子一枚下は地獄なわけで。それわかってて生きることを選択し、生きることを続けてる人間にしてみれば、死にたいなんつー人間は腹立たしいわけですな。雄々しく、思い立ったが吉日レッツダーイブ、あイテ。死んじゃった。ってくらいならまだ人に迷惑かけても許せるんだけどねー。
 安楽死→臓器提供所の設立を切に求めます。

 さて。上の文章で俺はいくつかのミスを犯してます。
 まず、自殺した人には「死に勝る苦痛」なんかなかったって決めつけてる点ですね。死に勝る苦痛ってのは、これあると思うんですよ。どういうものかは知らないけど。肉体的苦痛ってのは、強い。どういう状況にあっても人は自殺すべきではない、なんてことは思わない。ただ、みずからの力で打開できる状況があるのに、それを実行してみないで「死ぬ」という選択肢を選ぶ人間が許せないだけ。

 その後IRCで会話。なんつーか俺の休日って、これと切っても切り離せないくらいに癒着してるんですが。癒着いうなって感じだが。
 どうやら「人が死んでもいい」ということを論理づける理屈はいっぱいあるらしい。
 もちろん俺が書いたことは、そのどの理屈とも無関係なわけだけど。

 「死んでいい人などひとりもいない」

 ある立場からは当然これも成立する。感情的な俺は、上の文章を書いたときにはその言葉が成立する可能性は考慮しなかった。
 ところで、「死んでいい人などいない」の根拠となる理屈ってのはあんまりないらしい。

 まあいずれにせよ個人の経験に根ざした感情論であるわけだ。
 俺のよく知らない難しい学問が口を揃えて「人は死んでもいい」とゆってるってことは、つまり客観的には人は死ぬものだってことだ。世界は個人が死ぬことなんか考慮しないってことだ。
 だから生きることは闘争だ。
 というのは事実なんだろう。てゆうか事実だとしか思えねえ。
 そのことを知りながらも、俺はそれを認めない。
 なぜなら、俺は生きてることは楽しいと思ってるからだ。苦労とか努力とか、そういうのいっさい認めないからだ。楽々と遊んでこの世界を生きてやる。どこかでそう決意したからだ。決意の理由は、たぶんくだらねートラウマとかそんなんなんだけど。
 俺はこの世界が嫌いだ。世界がこのようなかたちであることが納得できない。世界が俺に闘争を強いるなら、俺は戦わない。遊んで暮らして毎日笑ってやる。その笑いを支えるものが、たった一枚の板であることを承知のうえで。
 なんだかよくわからなくなったけど。そんな感じ。


 いま家庭教師のCMがテレビでやってた。
 塾に通ってて、塾でコンビニ弁当食べてる女の子。
 んで、急に思いついたセリフを書いとく。
 「お母さんのごはんの味、忘れた」
 んー、とてもイヤな状況っぽいのが浮かぶぞ。これに関する妄想は、頭の黒い貯蔵庫に放り込んでおいて、腐臭を発するのを待とう。ヤなことすんなぁ俺。


 どうでもいいんだけど「いないいないばぁ」が気にならなくて「おかあさんといっしょ」が激しくムカつくのはどういう理由なんだろう。経験上、こういうときって、登場してるガキどもが楽しそうにしてるのが許せないとかそんな理由なんだけど。いったいどこで躓いてんだ俺の人生。


 さて。掃除だ。
 昔、日本国内を放浪してたときに使ってたフレームザックから、なぜかごとP描くところの志保とあかりのポスターが出てきて、ビビりました。なんでやねんな。ちなみにまゆみさんは熟睡中。ふだんから昼夜完全に逆転してる人だからねえ。
 午後5時か。もうじき。

 この後、日記を書く機会なし。
 よってここまで。


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