20041123


 自分の書いたテキストを読み返してみて思うんだけど、俺の文章ってなにゆってるんだかさっぱりわからないことがよくある。説明不足だったり説明過多だったり。もうちょっと頭使って文章書けよってことですね。


 とりあえず最近サンフェイスさんが毎日更新なのが嬉しいですね。


 今日は昼下がりにまゆみさんに起こされる。
 襖ががらっと開いて、いきなり
 「あのさー」
 「うわあああああ」
 俺の叫び声のほうが、まゆみさんの声よりはるかに大きく、まゆみさんがビビってものすごい勢いでステップバックする。俺はなにをそこまで驚いたのか。
 そういや夢見がなんか微妙だった。仕事関連のことで、だれかになにかを一生懸命泣きながら伝えている。なにをそんなにがんばって伝えようとしているのかさっぱり覚えてない。
 起きて、アイス食って一服。
 まゆみさんは、昨日風呂に入ってから体中にいろんな薬を塗ったらしい。成果のほどはってーと、そもそも体そのものがいま快方に向かっていないってのがあるらしく、思ったほどはよくなっていないもよう。それでも体がカサつく感じはかなり消えたとのことで、まゆみさんの症状からしてみれば、これはずいぶんと意味のあることなのではないかと。

 テレビで千葉国際駅伝なんか見ながらだらだら過ごす。本当はだらだらしてる場合ではなく、歯医者行かないとヤバいんだが。
 まゆみさんに「水夏」の途中経過を聞いてみる。
 「どうよ。おもしろい?」
 返事の変わりに、まゆみさんはものすごく微妙な顔をする。もはや変な顔といってもさしつかえないほど微妙だ。なにか趣旨の理解できない看板を見つけて首をひねってるような。たとえば、東京のド真ん中で「この先300キロメートル、コンビニあり」とか。コンビニがあることはわかるのだが、なぜそんな先のコンビニの看板が? と心底理解できない感じの。
 「これさー、ひとつの話?」
 「いんや。なんかオムニバス形式らしいよ。でも章ごとに話はつながってるらしい」
 「あー」
 「…最後までできるの?」
 「いや、昨日は疲れてただけだから。できると思うよ」
 不安極まりない解答。


 んで「Brass Restoration」というフリーのゲームをやっている。始めたばっかですけど。リアルタイムで感想書くのが好きなんで。
 いまのところ、文章力はそこそこだが「必要なシーン」と「そうでないシーン」の厳密な切り分けがうまくできていない印象を受ける(自分のことは棚上げ)。キャラはみな比較的「見えて」いるようだけど、いかんせん立てかたがあまりうまくない。
 あと文章に関してだけど、やっぱり「フリー」ということもあってか「自分の書きたいスタイル」を崩すつもりがないもようで、それが若干読みにくさを誘発している印象。
 あと、選択肢とその後の展開のつながりがやや唐突に感じられる。
 そんで、まだゲーム内の時間で2日しか経ってないんでなんともいえないんだけど、作品独自の「空気感」(よいゲームにはだいたい強烈なこれがある)が薄い感じ。作者がほかならぬ「この世界」を構築するだけの明確な理由はないように思われる。
 まゆみさんはヒロインがかわいいと断言している(てゆうか本当にかわいい女の子好きですね、まゆみさん)が、いまのところ俺にはそう思うだけの根拠はない感じ。あとヒロインにマニアくさいセリフいわせるのはやめたほうがいいです。イメージを構築するのに失敗しそうですよ。
 しかしまー、アクのない「ふつう」な感じのする女の子ってのは、かえって貴重かもしれません。ふつうに主人公のこと「大好き」な感じするしな。ただこの実梨って女の子、ちょっと頭悪い感じしますが。あとものすごく微量の悪意が含まれてる感じ。
 あと、主人公の「ひねくれてない感じ」に好印象。

 あー、あとこの「空気感の欠落」みたいなものには、音楽の印象の薄さが影響していると見た。あと作品の舞台が徹頭徹尾日常生活だからかな。作品の「世界」を作るということは、人間がふつうに生きているこの現実の世界への「違和感」から始まると俺は考える。フィクションは、ただそれのみでは成立しえず、やっぱその作品を作った人の「現実」への対処のしかたが影響してる。完全に拒絶していれば、それは久弥なんとやらいう人の作ったものに近くなるだろうし、ありえないノスタルジーや絶望的な孤独感に由来していれば、麻枝なんとやらいう人の見る「世界」に近づく。
 そういう意味でこの作品には「色」がない。そのこと自体は別に作品の評価に影響しないけれど、個人的な好みでいえば、なんらかの色はあってほしい。
 学校という空間、幼なじみのいるあたりまえの日常、そんなものに対する格別な「羨望の視線」のようなものがないから、単なる日常になってる。もちろん、それが好きって人もいるだろう。
 ただ、なんつーか、実梨とのどうでもいいやりとりのなかに、その萌芽のようなものを感じることはあるみたいだ。たぶんこのシナリオライターが人の心理を描写することに若干の執着があって、主人公のそうした「日常」へのズレをわりと上手に描写できてることがその原因だろうか。あと実梨の天然ボケ描写は確固たるリアリティがあるレベルまで行ってる。身近にモデルがいるんじゃないかと思えるほど、このボケは強い。しかも芸風が一貫してる。肋骨で演奏はないだろう、肋骨は。

 あと主人公の言葉づかいがいちいちとしあきっぽいのがすげえ気になる。 

 「音楽の話題は一定量にしてくれ」近辺のセリフのやりとりには、かなりのセンスを感じる。主人公の心情の描写が実にうまいと思う。音楽の話はいやなのか、そうでないのか。そのへんの葛藤とか、逃避から来る自己欺瞞とか、一人称でここまで描写できたらけっこう上手なんじゃねえだろうか。

 で、俺の背後で「水夏」やってるまゆみさんから「つまんない…」っていう怨嗟の声が。ネット上では「できそこないのAir」なんて意見も見受けられますが。どうなんでしょうね。てゆうかもはや「金払って買ったんだから、クリアしなければならない」というところまで到達してるように見えます。

 そんで幼なじみであるからにはメインのヒロインに決まってる実梨のシナリオ終了。悪くないです。幼なじみの王道はきっちりいやってほど踏んでますが、天然ボケっていう個性が際立ってるので容認できます。幼なじみキャラは、たとえ主人公がゴミであろうとクソであろうが受け入れるのが宿命であるわけですが、受け入れることの理由というか動機というのがはっきりしており、そのことに対する後悔が明白であるってのも好感度高いです。てゆうかこんなことゆってるとき、念頭においてるのは長森なわけなんですけど。
 別に本質は長森であろうとこの実梨であろうとあんまり変わりないんだけれど、人間としてのリアリティってことを考えたときに、長森にはリアリティがない。あれは本体にも問題があるというよりは、むしろそれに対応する主人公のほうにより多くの問題がある。あの人間のやることがめちゃくちゃであるがために、長森まで引きずられてリアリティなくなったって側面があるような気がする。いまになってみると。
 昔はヒロインなりなんなりのキャラを見るときに、ヒロイン単体で考えていたんだが、よく考えると恋愛ものである以上、それは人間の関係だ。まああのゲームはいろんな意味で「関係」性の破綻がテーマになってたわけで、そこんとこ求めてもしょうがないわけなんだけど。
 主人公と実梨の関係がきっちりと描かれている点では、なんつーかこのゲームに健全性を感じる。そしてそれを心地よく感じることができる自分がいるわけだ。変わったなー俺。もう人間じゃないもの好きとか、貴様の趣味は鬼畜だとかそんなことは言わせないゾ。
 実梨の個別シナリオに入ってからは非常によい感じだったと思います。個人的な感想として「たとえあなたがどんなものであってもだいすき」というのは捨てがたいポイントです。そしてその感情が裏目に出たときの自責の念もよい。うん。このハッピーエンドには一種の清々しさを感じました。そしてまゆみさん曰く、実梨はいちばんよいキャラであるそうですよ。ほかのシナリオはけっこうツラいそうですよ。攻略の順番まちがったかもしれませんよ。
 てなわけで、今日のプレーはここまで。フリーとかそういうの関係なしにふつーに心にしみるよいお話だったと思います。

 と思ったけどまだ続けてるわけで。
 えーと美音先輩だったか。シナリオについては語る言葉をもちません。語るべきでもないでしょう。キャラ単体としては悪くないと思うんですけどね。かわいい顔してババンバーン(箭沢が好きだったんだこの言い回し)てな感じで。話を盛り上げるためのギミックもけっこうあったように思うんだけどねえ。
 やりたかったことはおそらく三角関係なのだと思うのだが、単体の人間すら描けてない状態で三角関係はヤバいだろう。まあなんだ。フリーだ。このゲームはフリー。

 実梨のシナリオやってたときにも感じたことだが、やはり日常をベタに日常として描く限り、作品としての飛翔はないように思う。それができるのは、よほど心理描写に長けてるとか、細かい構成がめちゃくちゃうまいとか。あとキャラが極端に立ってるとか、なにかないとねえ。

 そんなわけで、今日は歯も痛いことですし寝ます。
 ほかのキャラに期待ですほかのキャラに期待です。



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