20041208


 まったくもってまゆみさんの言うとおりでした。睡眠はちゃんととらないと、どんどんおかしくなります。あとコーヒーの飲み過ぎもよくないと思う。睡眠が細切れになって熟睡できない。すぐに目が覚めてしまい、再び寝ることが難しくなる。そしてすぐに眠くなる。

 ふだんほとんど目を通さない外付けのハードディスクを漁っていたらクランベリーズが入ってた。あー、これいいバンドだなあ(あたりまえだ。よくないものが全世界で売れまくるのはさすがに考えにくい。少なくとも商品としての価値はあったといえる)。
 音楽は好きだ。フィクションが俺にとって絶対の逃避でなるなら、音楽は魂を駆動させるエネルギーのようなものだ。
 端正で美しいメロディはいつまで聞いていても飽きない。曲の速さにもよるけど、それは明るい日の光や夕暮れの落ち着いた風景を想像させる。
 曲が曲として成立するためのラインを踏み外す一歩手前まで半音や変調が多いメロディ。それはたとえば水の流れや夜の空気を連想させる。温度や湿度を表現しているように感じられる。
 人の声による美しいハーモニー。美しいハーモニーは問答無用に美しい。微妙な揺らぎまで含めて俺は「人の声という楽器」が好きだ。
 不安を喚起するほど奥行きがある不協和音。それは俺の内面にそのままするりと入り込む。内部がぼんやりとしていて見えない薄暗い箱の中身。霧の濃い夜だったり、ときには一面の草原であることもある。草原を吹きぬける穏やかな風であることもある。緑色であり水色であるけれど、茶色を含んだやわらかくくすんだ色だ。
 ぎざぎざのギターの音。ほとんどノイズに近いほどにヒステリックなギター。音によるカフェイン。それは興奮剤だ。
 ノイズ。あらゆるノイズっぽい音も好きだ。ノイズは絶叫に近い。ノイズは精神の殻を破壊する。音に任せて魂を全開にして絶叫する。声帯はいかなる声も発していないけれど、それでも俺の精神は絶叫し、また発狂する。同じ理由で、叫び声であるようなボーカルが好きだ。歌うことは絶叫することだと信じて疑わない。
 透明な女声ボーカルは、美しい世界を見せる。世界は繊細なものでできていると信じることができる。祈りにいちばん近い人の声。ガラスや月の光や、星の瞬きや、冬の凛と張りつめた空気や、ありとあらゆる儚くて美しいものが静かに浮かんで消えていく。
 2ビートを刻む乾いたドラムの音。楽しい。理屈抜きで楽しい。しかし、そこに明るいメロディが乗っていて、歌詞そのものが悲しいものもいい。明るさは、その裏に常にさびしさを張り付けている。そういう状態が好きだ。
 ゆったりとして複雑怪奇な32ビートとかもいい。それはただ身を任せて揺れていればいい。その「ただ身を任せる」感じが心地よい。

 キリねえな。ストリングスの瑞々しくて張りつめた音ももちろん好きだ。電子音だってうまく構築すればめまぐるしく変化する極彩色の世界を作ることができる。なによりメロディとかリズムが秀でていれば、音がナマであろうと電子音であろうと大して問題じゃない。
 裏ノリのリズムが好きってのはもはや生理的な問題だろうし、ピアノも、あんまり繊細で神経質なのは好きじゃないけど、中音から低音くらいの持つエネルギーっていうのはほかの楽器の比じゃないと思う。あれリズム楽器なんじゃないかと思うくらい。
 轟くバスドラも好きだし、乾いたスネアが刻む単調なリズムも好きだ。8ビートはあんま好きじゃないけど、かといってポール・マッカートニーが嫌いかというとそうでもない。なんといってもあの人の曲は、メロディの美しさとある種の驚きに満ちている。

 音楽は、自分のなかに明確なイメージを構築してくれる。もともとイメージ力の乏しい俺にとってこれはありがたい。そして気分がいい。曲は世界で、コードやメロディは風景で、音は情緒や色やにおいや風だ。音楽を聴くことは旅に似ている。瞬時にして自分を「別の世界」に連れて行く。



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