20041213
ようやくデジカメを日常的に使える環境になったので、嬉しくなって写真入りの日記を作ってみることにしました。てゆうか画像絡みのHTML組むのなんて数年ぶりなので、タグ忘れました。IMG SRCだっけ。テキスト回り込ませるのってどうやるんだっけ。困ったときのとほほ頼り。
てなわけで、こんなの。

家の近所の川です。いわゆるこんなの見せられても非常に困る系の画像です。俺だって他人のこんなの見せられても困ります。特になんかエピソードがあるわけでもありません。ああ、夏にはくらげがたくさん浮いています。川にあるのが水じゃなくてくらげなんじゃねーかと思うくらい。くらげの隙間に水があるとかそんな感じです。
もう河口にほど近いところなので、流れもほとんどなく、満潮のときなんか海の水が逆流してくるので、くらげもついつい入ってくるのでしょう。それも尋常じゃない量。
次にこんなのです。

まゆみさんの自転車です。手前がジャイアントの安いクロスで、奥のほうが、かろうじて山でも乗れるくらいの入門レベルのスコットのマウンテンバイクです。とゆっても、安いクロスのほうが乗り慣れてるので、ふだん乗ってるのはこっちです。
今日はこれだけです。いずれ旅行に出たときに、写真つきの日記を書くつもりでいるので、練習のつもりでした。てゆうかデジカメ使えるのが嬉しくてこんなの作っただけでした。
こちらより。俺もこの文章ムカつきますわ。
恥じらいの有無って観点がそもそもまちがってるように思う。他人になにかを期待するような文章や考えかたはみんなまちがいだと思う。あとこの文章には結論がない。それがだめ。結論がないのはなぜかというと、つまりグチだから。解決策があればそれを書くだろうし、見つからない場合は「どうやったら解決できるであろう」という問題提起になる。心情的にグチだから文章がヤな時代だなあ的な雰囲気で終わってる。
結局この世界は弱肉強食だとしか思ってないうえに、目的のためなら手段を選ばず、他人の目も(自分の保身に抵触しない限り)まったく気にしない俺のような人間にとっては、図々しく振る舞って手柄を横取りできる人間のほうが「正解」に思えるんだが。もしそいつがムカついたら潰せばいいだけの話だし。会社組織を知らないったって、うまく立ち回って陰湿に相手を潰す手段は必ずあるはず。そしてなんといっても人間対人間として「勝負が決まる」って側面は必ずある。死ぬ気でかかればたいていの人間は潰せるんだよ。相手が死ぬ気でない限り。人の手柄を横取りして喜んでる程度の人間にその覚悟があるとは思えないし。
個人主義とか自己責任の時代らしいけど、責任感のない人間に、本当の意味での「恥」の概念なんかないと思うんだが。責任についてなにも理解していなければ、それは被害者になれるんだし。被害者は恥なんか知らないし。「体面を汚す」ことを恐れる心情ってのは、つまり「この世に対してまっすぐに向き合えない」ってことを恐れることを意味するわけで、それってつまり責任はきっちり果たすってことでしょ。「恥」と「自己責任」はまったく矛盾しないものだと思う。こんな被害者ヅラした文章書いてる人間こそが恥知らずだと思うぞ俺は。
ちなみに「恥じらい」を「恥」と混同してるような気はします。自分でも。でもこの文章書いてる人だってごっちゃにしてるからいーじゃん。
つーかあれですよね。自分が被害者だと思ってる人間には加害してやらなきゃ。これは俺の持論です。本当の被害ってのがなんなのかわからせてやるために。ある意味親切でもありますし。てゆうか親切心でそんなことをするつもりはカケラもないわけで、加害する気になったら潰れるまでやらないと意味ないよね。
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