20050203
仮免技能検定受ける予定だったのだが、寝坊。最低だ。
んで結局なにもやる気が起きず、終日ただごろごろして過ごした。無職って素晴らしいなあと思う反面、ここまでストレートに堕落するのもどうかとは思う。つか実際問題、朝5時起きってのはちょっと厳しいんだけど…。試験場からアクセスのいい場所に住んでないと、そもそも試験場での一発免許というのはかなり難しいような気がします。
ちなみに、無職になって、ちったー生活時間帯がまともになるかと思ったら、以前よりいっそうめちゃくちゃです。そしてそれが快適。どうにもならん。
そーいや茶髪にしてから、いっそう外見が中卒っぽくなりました。人間には、実際の知性はさておき、中卒っぽい人、高卒っぽい人、そして大卒っぽい人がいるというのが俺の持論です。どうでもいいような持論だな…。そして俺は中卒っぽいです。
そしてもうひとつ、人間の知性は目にあらわれる、というのは俺とまゆみさん共通の持論です。だいたい物事を考えたり見たりするにあたって、強靱な知性を持ってる人というのは、それなりの聡い目をしています。この場合の知性というのは「物事をただそのままに受け取らず、自分なりの観点で咀嚼して理解することができる。しかもその理解が物事の本質かそれに近いところにある」くらいのものですが。
ところが俺の目というのは、鏡で見てもそうですし、まゆみさんが見てもやはり同じらしいのですが、およそ知性があるように見えないのです。別にことさらに自分に知性があるとがなりたてるつもりもありませんが、少なくともそのへん歩いてる人と比較して、それなりに物事考えてるつもりではいますし、まあ本だって読んでないわげじゃありません。勉強ができなかったかというと、これもけっこうできるほうでした。大学に行かなかったのは、行く気がなかったからだと強がりではなく断言できるくらいにはできました。しかし、それでも鏡に映った俺の目は、そして顔つきは、確固として茫洋としており馬鹿っぽいのです。こいつ絶対マンガしか読んでないとかそんな感じなのです。付き合いの浅い単なる顔見知りとかと話していると「ああ、こいつはいま俺のことを馬鹿だと判断している」と思うことがしばしばです。そうなると、不思議なもので自分が馬鹿であるような気がしてきます。そして馬鹿であるからには馬鹿っぽい言動がより望ましいであろうと思い「つかおまえマジわかってねーって。人間気合だべやっぱ、ちがくねえ?」とかゆってこいつ中卒だというスパイラルはなお酷くなるのです。もっとも難しくゆっても人間結局気合だと思いますが。
まあ、利点もあって、一度「勉強のできる人間風」に話しはじめると、相手が勝手に俺のことを「こいつはキレる人間だ」と思ってくれることです。「なんだかよくわからないが、こいつは俺の知らないことを知ってる」と思うと、あとは勝手に想像のなかで俺のことを肥大化してくれるらしいのです。
利害が絡む限り、結局人間関係なんぞパワーゲームだと思うわけです。実際に「力」を持っていてそれを存分に振る舞うのがいちばんの強者ですけど、俺には実際そこまでの「力」はないし、第一しんどいです。相手の思い込みのなかに、肥大化した自分を描かせるほうがずいぶんと楽です。少なくとも交渉の場においては有効。てゆうか、たぶんこの思考法ってヤクザとかに近いんだと思うけど。目的が明確で、手段を選ばなければ、まあやりかたはもっとも効率的になるんでしょう。反論は、それを封じるよりは反論しかけたところで叩きつぶすほうが効果があるとか。思考法としてよくわかる。
ちなみに、利害が絡まない場合はどうか? その場合はただの馬鹿でいいです。そして俺にとって利害が絡まない人間関係は宝です。
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