20050426
なんかいきなりアクセス数が一日で4とかなってるんだけど。ふだん20から30くらいはあるから、なんかとうとつすぎてびっくりした。
今日は、物件を貸してくれる大家と会ってきました。
もういい年したじーさん。
もともと酒屋やってたらしいんですが、跡取り息子が店舗での商売をいやがって、外販ばかりやってるので、とりあえず自分の持ってる敷地をコンビニとして貸して、自分は悠々自適ってことらしい。
じーさんは、もともと外部から開店予定地に入ってきた人間らしい。
そしてその口から語られるあまりに予測どーりの昔話。新しい商売を始めるにあたっては、既存の酒屋の組合の熾烈な邪魔があったこと。そこをあえて押し切って開店し「八分」を食らったこと。じーさんの口から出た「八分」という言葉は、決して死語ではなかった。少なくともじーさんのなかではその概念が明瞭に生きていた。
「ここの土地の人間はねえ、単純なんだよ。自分から入っていかない人間はよそもの扱いするけどさ、入ってしまえばなんのこたぁない、仲間なのよ。この土地に骨埋めるつもりでしっかりやんなよ。俺もさ、よそもんってことで苦労したから、なんなりと力になるよ。言いたいことがあったらさ、忌憚なく言ってよ」
嗚呼、地方。
そして、最初にこの土地の閉鎖性の体現者としてあらわれた不動産屋のオヤジのセリフをも思い出す。
「あそこの地主がさ、地元民の通路ふさいじゃったんだよな。この土地に住むからには、住んでる人間にとって本当にいいことがなんなのか、考えなきゃ。俺がそのへんのこと考えてやるから、大船に乗ったつもりでいなよ」
ちなみに「あそこの地主」とは、俺がこれからやろうとしてる店舗の地主、つまり最初のセリフの主ですな。
のっけから地元の小規模な権益を巡るセコい争い。
俺と大家のあいだには、本部の店舗開発担当の人間がいる。これがなんともいい大学出てけっこうエリートな感じの若造(あえてそう言ってみる。雰囲気があんまりにも若造で)。そして俺らと同様、基本的には都会育ち。
その人間が、疲れたような口調で、
「ぼくも一時、栃木で暮らしたことがあるんですけど、役場が世襲制なんですよ。それ知ったときは引きましたねえ。GHQの開放政策はこの地方に及んでなかったのか、ここには戦後はやってこなかったのかって驚きましたねえ」
開店予定地の役場が世襲制でないことを祈るばかりです。
疲れた心を癒すため、ドトールへ。最近、一日一回は行ってるような気がする。金を節約しなければならないような局面だとはいえ、安いし。ちなみに俺はほぼ毎回「本日のコーヒー」を飲み、まゆみさんはアイスティのMサイズです。
その後、開店予定地の近辺(とはいえ直線距離で10キロは離れてるんだけど)にある同チェーンを見る。まあいかにも本部直営という感じでがんばっている。
そんで横浜の旧居に帰宅。
これから洗濯と、あとはやざわさんにお説教大会ですかね。やる気の有無を問いたださないと。
しかしあれだなあ。いかにも地元に根付いたプチ政治好き体質のオヤジばっかり相手にしてると、慣用句を使う機会が激増する。「気は心ですよ」「人間最後は気持ちの問題ですからねえ」「人間いろいろそれなりに苦労もありますねえ」などなど。
なんか慣用句に代表されるようなものに精神を乗っ取られて人って多いような気がしますよ。てゆうか多い。ああなんかもう、俺も人という字は人と人が支えあってできてるんですよとかそんな気分です。
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